2010/01/14

出会い

我々は出会いに何を求めるのだろうか。

自分にないものを持っている人に出会いたいと思っている人がいる。それはなんのためだろうか。
自分と似た人に出会いたいと思っている人もいる。それはなんのためなのだろうか。
一緒にいて楽しい人と出会いたい。では一緒にいて楽しいと思うのはどういう時なのだろうか。

逢えてよかったと思える人との出会い。逢えてよかったという気持ちはどういうときに生まれるのだろうか。

ここをじっくり考えると,自分は何を大切にしているのかわかってくるような気がする。でも,すこしばかり怖くてなんとなく手を出せない。


抽象的な検討なら簡単にできそうだ。
自己の存在理由を確かめられる相手に会いたいのか。
同調者といて自己存在を確かめられる人間,差異の中にこそ自分の存在価値を認められる人間,他との比較なしに自己存在を確かめられる人間。いろいろいる。

それとも,自己存在を補強する相手に出会いたいのか。辛い時に支えてくれる人に出会いたいとか,自分にできないことが出来る人に出会いたいとか。

まあ,感情なんて説明できない。
一緒にいて安心できて,安心できるからこそ自分自身を最大限に広げられる。そんな人との出会い。あってよかったと思う。こんなブログを読んでくれて,受け入れてくれるんだから。

2010/01/13

マッチョ魁皇

最近テレビをみなくなってしまったのだが,昨日魁皇がついに千代の富士の記録を更新したというので,ネットでニュースを探していたら,毎日新聞の取組の写真を見つけた。千代大海をひっくり返した瞬間の写真なのだが,なんとなく魁皇の体が,ボディービルダーのようにムキムキに筋肉が割れて,胸筋,腹筋あわせて6パック,三角筋あわせて8パック,に見えたのである。

おめでとう。

2010/01/12

アバター

ナメック星人め。

そのうち3Dが普通の時代がくるのだろうか。CGのように。カラーテレビのように。

ほんの少しだけ抵抗してやる。

2010/01/11

キャベツ・牛乳

キャベツというのは凄い奴だ。1ヶ月放っておいてもなんともない。
牛乳というのも凄い奴だ。賞味期限が切れてから1週間もった。
お久しぶりに出会う方々との食うか食われるかの真剣勝負には若干のスリルを感じる。気を抜いたら負けだ。

キャベツはピンポン玉ほどのサイズになったやつを飲み込んでやった。KOだ。

2010/01/10

ジーンズ

ジーンズを最近履くようになった。
かつてはポケットに殆ど荷物が入らず,ちょっときつい上に動きにくいジーンズなんてなんで好き好んで履くのだろうかと思っていたのに,考えが変わった。

毎日履いていても,たまにしか洗わなくても何も言われない。

なんと素晴らしい履物なのだ。

強欲資本主義バンザイ。

2010/01/09

星新一

星新一のショートショート。幾度となく書いているけれど。
時折テレビでアニメになって流れている。
一瞬で星新一とわかってしまうのだから,星新一の作風というのはすごいと思うし,自分がはまってたのだということも同時にわかってしまう。


よかった。以前見たアニメの中には全然駄目だったものもあったが,今回はよかった。行間を,映像と間のとり方でうまく表現して,ぐっと深みが増していた。

僕はその映像を作った人に負けた。自分の頭の中で映像化された作品が,その人の実際に作り上げた映像作品に負けたのである。アニメーションという制約がないにもかかわらず,私は負けた。なんということだ。

しかし嬉しいのである。まだ見えていない世界があることを見せてくれる。あるということさえわかれば,一歩前に進める。ドアがあるとわかれば,外に出ようと思える。ドアから出るかどうかはわからないけれど。

小説というのは映像化した途端によさがなくなってしまう,とよく言われる。本のほうがよかった。映画を見てがっかりした。などとよくいう。

だが,我々は,原典が一番素晴らしいと思いこんでいるだけかもしれない。ひょっとしたら,原典を知っている自分を誇示したいだけなのかもしれない。

一人では気付けない事はたくさんある。自分を縛っているのは自分だ。

2010/01/08

適応

「ゴキブリが大昔から生き延びることができた理由は、体が小さく、動作が機敏だったこともあるが、最も重要な理由は環境に過剰適合しなかったから」と書いてある記事を見つけた。


気持ち悪いといわれたのを真に受けて,カッコいいゴキブリが生まれていたら長生きはできなかったのだろう。確かに角の生えたゴキブリは小学生の餌食になり,キンキラキンのゴキブリは,逗子に張り付けられた。


タマムシ,小学生の頃にたった数回見た記憶がある。子供心にはあの光り方が油膜のようで気持ち悪かった。いまは,本物の玉虫厨子を見てみたい。