我々は出会いに何を求めるのだろうか。
自分にないものを持っている人に出会いたいと思っている人がいる。それはなんのためだろうか。
自分と似た人に出会いたいと思っている人もいる。それはなんのためなのだろうか。
一緒にいて楽しい人と出会いたい。では一緒にいて楽しいと思うのはどういう時なのだろうか。
逢えてよかったと思える人との出会い。逢えてよかったという気持ちはどういうときに生まれるのだろうか。
ここをじっくり考えると,自分は何を大切にしているのかわかってくるような気がする。でも,すこしばかり怖くてなんとなく手を出せない。
抽象的な検討なら簡単にできそうだ。
自己の存在理由を確かめられる相手に会いたいのか。
同調者といて自己存在を確かめられる人間,差異の中にこそ自分の存在価値を認められる人間,他との比較なしに自己存在を確かめられる人間。いろいろいる。
それとも,自己存在を補強する相手に出会いたいのか。辛い時に支えてくれる人に出会いたいとか,自分にできないことが出来る人に出会いたいとか。
まあ,感情なんて説明できない。
一緒にいて安心できて,安心できるからこそ自分自身を最大限に広げられる。そんな人との出会い。あってよかったと思う。こんなブログを読んでくれて,受け入れてくれるんだから。
2010/01/13
2010/01/11
2010/01/10
2010/01/09
星新一
星新一のショートショート。幾度となく書いているけれど。
時折テレビでアニメになって流れている。
一瞬で星新一とわかってしまうのだから,星新一の作風というのはすごいと思うし,自分がはまってたのだということも同時にわかってしまう。
よかった。以前見たアニメの中には全然駄目だったものもあったが,今回はよかった。行間を,映像と間のとり方でうまく表現して,ぐっと深みが増していた。
僕はその映像を作った人に負けた。自分の頭の中で映像化された作品が,その人の実際に作り上げた映像作品に負けたのである。アニメーションという制約がないにもかかわらず,私は負けた。なんということだ。
しかし嬉しいのである。まだ見えていない世界があることを見せてくれる。あるということさえわかれば,一歩前に進める。ドアがあるとわかれば,外に出ようと思える。ドアから出るかどうかはわからないけれど。
小説というのは映像化した途端によさがなくなってしまう,とよく言われる。本のほうがよかった。映画を見てがっかりした。などとよくいう。
だが,我々は,原典が一番素晴らしいと思いこんでいるだけかもしれない。ひょっとしたら,原典を知っている自分を誇示したいだけなのかもしれない。
一人では気付けない事はたくさんある。自分を縛っているのは自分だ。
時折テレビでアニメになって流れている。
一瞬で星新一とわかってしまうのだから,星新一の作風というのはすごいと思うし,自分がはまってたのだということも同時にわかってしまう。
よかった。以前見たアニメの中には全然駄目だったものもあったが,今回はよかった。行間を,映像と間のとり方でうまく表現して,ぐっと深みが増していた。
僕はその映像を作った人に負けた。自分の頭の中で映像化された作品が,その人の実際に作り上げた映像作品に負けたのである。アニメーションという制約がないにもかかわらず,私は負けた。なんということだ。
しかし嬉しいのである。まだ見えていない世界があることを見せてくれる。あるということさえわかれば,一歩前に進める。ドアがあるとわかれば,外に出ようと思える。ドアから出るかどうかはわからないけれど。
小説というのは映像化した途端によさがなくなってしまう,とよく言われる。本のほうがよかった。映画を見てがっかりした。などとよくいう。
だが,我々は,原典が一番素晴らしいと思いこんでいるだけかもしれない。ひょっとしたら,原典を知っている自分を誇示したいだけなのかもしれない。
一人では気付けない事はたくさんある。自分を縛っているのは自分だ。
登録:
投稿 (Atom)