ばからず。
びからず。
ぶからず。
べからず。
ぼからず。
ばびぶべぼ,とくると,どうしてビビデバビデブーが思い浮かんでしまうんだろう。
ほっとする誰かの一言で,萎縮していた僕の心が解放されたりする。
この人は僕を品定めしているんじゃないかと思うとずいぶん萎縮してしまう。
夢ってなんだったのだろう。
何が楽しかったのだろう。
どんどん心が固くなってきて,自由の羽がしぼんでくる。
真冬の池で,寝ている間に池が凍ったのか鳥が死んでいる。
暖かくなって氷が溶けてから飛べばよかったのに。
いままでたくさんのものを見てきたようで,きっと地図に書いてみたら,ほんの少しの場所しか僕は知らない。過去の僕がおいでおいでをしている。帰っておいで,過去の君の方が素晴らしい。
今の君は,すぐ楽な道に逃げようとする。
恵まれた環境を生かしきれていない。
2010/04/13
まだ本気だしてないだけだ
そうやって望みを残して,ふらふら生きているわけです。
俺が振ったんだといって強がりたいから,振られる前にふったりするのです。
最後の一箱を開けるのは,誰もが躊躇する。もうおしまいだから。
勇気を持って開けたら,パンドラの箱だったりするんだから。
でも入っていたならまだいい。空っぽなのが一番残念だ。
俺が振ったんだといって強がりたいから,振られる前にふったりするのです。
最後の一箱を開けるのは,誰もが躊躇する。もうおしまいだから。
勇気を持って開けたら,パンドラの箱だったりするんだから。
でも入っていたならまだいい。空っぽなのが一番残念だ。
2010/04/12
雨だね
雨だ。春になって,昨日一昨日と暖かかったのに,雨が振った途端に冷え込む。
春という奴は,長閑な休日を見せてくれたかと思うと,手のひらを返したように急に冷たくなる。
漸く咲いた桜の花の,風に舞い散る一番の幸せを奪い取る。
だが散った花びらが,小さな水たまりに流れていく。日が沈むにつれ,そこはまるで夜空に輝く星空のように見えてくる。空に天の川がある。だが天の川は本当は星は流れていない。星はただ同じ場所から身動きが取れない。
だが雨雲に隠れて空の天の川が見えない日は,普段は映すことのない誇りにまみれたアスファルトが,見えるはずのない星の流れる天の川を映している。車のライトはまるで月明かりのようにアスファルトの空を映し出す。
春の雨は,夜になると天地を逆転させる。
我々は天井を歩き始めているのに,誰も気づかない。空が地面にあるなんて信じられないから。足が地面から離れているなんて考えられないから。だが,信じているに過ぎない。その証拠に,我々はいちいち地面に足がついているなんか確かめていないじゃないか。
ずっと前,雨がひらひら落ちるなんて書いて,あれはたしかに傑作だった。もう二度と書けやしない。いつの間にかなくなってしまう道路の花びらのように,人に踏まれて茶色くなり,地面にへばりついてそのまま消えていってしまう。言葉なんてそんなものだ。埃のように部屋の隅でダンスをしている時もあるけれど。
トタン板に雨が当たる音が懐かしい。トタン板なんて見なくなってしまった。
外に出ると雨が僕を包み込んでしまう。僕は部屋の中にまでその雨を持ち込んで,陽の光が差し込むまで部屋のなかは土砂降りだ。僕は部屋の中で傘をさして,息の出来る空間をかろうじて確保している。そしていつの間にか足が地面を離れ,足元に星空が広がる。だがその前に電気を消さなければならない。そうでなければぼんやりとした青白い光によってすべての境界が曖昧になり,僕は宙に浮く前に霧のように蒸発してしまう。
なんとなく寂しい気持ちになる。
ひらひら降るなんていって,雨が降ると何となく嬉しい気持ちになったのは,あの時だけだった。あの瞬間そう思うと,まるでずっとそう思っていたかのように勘違いをしてしまう。だがあれは,昔からずっとではなかった。いくつかの条件が重なって,あの瞬間,過去のすべてを背負って,雨がひらひら降ってきた。
だが今は,あの瞬間,そしてあれからの時の流れをすべて背負って,雨が試着室のカーテンのように包み込む。
だがきっと,悪いのは雨ではなくて風なのだ。
せっかく浮かんだ僕を,地面に叩きつけてびしょ濡れにしてしまう。僕は花びらだらけになって,震えながら排水口に吸い込まそうになる。
だから,暖かい風呂に入って,しっかり体を乾かして,それから,ザアザアぶりの部屋の中に電気を消して入る準備をしなければならない。
怖がって電気を付けていたら,何も見えない。
雨の日に頭に浮かんだ数々の水滴。今日はしっかり書き留めた。支離滅裂だけど。整理するのは書き留めた後の仕事だ。
春という奴は,長閑な休日を見せてくれたかと思うと,手のひらを返したように急に冷たくなる。
漸く咲いた桜の花の,風に舞い散る一番の幸せを奪い取る。
だが散った花びらが,小さな水たまりに流れていく。日が沈むにつれ,そこはまるで夜空に輝く星空のように見えてくる。空に天の川がある。だが天の川は本当は星は流れていない。星はただ同じ場所から身動きが取れない。
だが雨雲に隠れて空の天の川が見えない日は,普段は映すことのない誇りにまみれたアスファルトが,見えるはずのない星の流れる天の川を映している。車のライトはまるで月明かりのようにアスファルトの空を映し出す。
春の雨は,夜になると天地を逆転させる。
我々は天井を歩き始めているのに,誰も気づかない。空が地面にあるなんて信じられないから。足が地面から離れているなんて考えられないから。だが,信じているに過ぎない。その証拠に,我々はいちいち地面に足がついているなんか確かめていないじゃないか。
ずっと前,雨がひらひら落ちるなんて書いて,あれはたしかに傑作だった。もう二度と書けやしない。いつの間にかなくなってしまう道路の花びらのように,人に踏まれて茶色くなり,地面にへばりついてそのまま消えていってしまう。言葉なんてそんなものだ。埃のように部屋の隅でダンスをしている時もあるけれど。
トタン板に雨が当たる音が懐かしい。トタン板なんて見なくなってしまった。
外に出ると雨が僕を包み込んでしまう。僕は部屋の中にまでその雨を持ち込んで,陽の光が差し込むまで部屋のなかは土砂降りだ。僕は部屋の中で傘をさして,息の出来る空間をかろうじて確保している。そしていつの間にか足が地面を離れ,足元に星空が広がる。だがその前に電気を消さなければならない。そうでなければぼんやりとした青白い光によってすべての境界が曖昧になり,僕は宙に浮く前に霧のように蒸発してしまう。
なんとなく寂しい気持ちになる。
ひらひら降るなんていって,雨が降ると何となく嬉しい気持ちになったのは,あの時だけだった。あの瞬間そう思うと,まるでずっとそう思っていたかのように勘違いをしてしまう。だがあれは,昔からずっとではなかった。いくつかの条件が重なって,あの瞬間,過去のすべてを背負って,雨がひらひら降ってきた。
だが今は,あの瞬間,そしてあれからの時の流れをすべて背負って,雨が試着室のカーテンのように包み込む。
だがきっと,悪いのは雨ではなくて風なのだ。
せっかく浮かんだ僕を,地面に叩きつけてびしょ濡れにしてしまう。僕は花びらだらけになって,震えながら排水口に吸い込まそうになる。
だから,暖かい風呂に入って,しっかり体を乾かして,それから,ザアザアぶりの部屋の中に電気を消して入る準備をしなければならない。
怖がって電気を付けていたら,何も見えない。
雨の日に頭に浮かんだ数々の水滴。今日はしっかり書き留めた。支離滅裂だけど。整理するのは書き留めた後の仕事だ。
2010/04/11
井上ひさし
一昨日あたり,舞台が延期という小さな記事が目に留まって,肺がんだったんだ,と知った。
今日,死んだというニュースがあった。
ポーランド大統領の飛行機事故,タイでの日本人記者死亡のニュースに混じって,また小さな記事なのだろう。
ひょっこりひょうたん島。万歳。
小さな記事なのだけれど,目に留まる。どうしてなのだろう。
はまるほど読んだわけではないのだけれど,それでも読んだことのある作家がいなくなるのは残念だ。
だけれども,作品は残り続けるのが不思議だ。
生きるというのは何かを残すことなのだろう。
誰のために,何のために,何かを残すのだろう。
金儲けの副産物が人の心を動かすだなんていったら,幻滅する。むしろ,感動したからこそ対価が支払われるというべきだろう。だが,多くの商品は先払いだ。
今日,死んだというニュースがあった。
ポーランド大統領の飛行機事故,タイでの日本人記者死亡のニュースに混じって,また小さな記事なのだろう。
ひょっこりひょうたん島。万歳。
小さな記事なのだけれど,目に留まる。どうしてなのだろう。
はまるほど読んだわけではないのだけれど,それでも読んだことのある作家がいなくなるのは残念だ。
だけれども,作品は残り続けるのが不思議だ。
生きるというのは何かを残すことなのだろう。
誰のために,何のために,何かを残すのだろう。
金儲けの副産物が人の心を動かすだなんていったら,幻滅する。むしろ,感動したからこそ対価が支払われるというべきだろう。だが,多くの商品は先払いだ。
2010/04/10
お花見

お花見。
東京では,いや東京でなくても,どこでも,ばかみたいに桜の花を観に人が集まる。大混雑の中,ぎゅうぎゅう詰めで。
なんだか僕は今年は,いや,いつもそうかもしれない,人がいないところで立ち止まることなく花見をしているような気がする。ふらふらと桜の下を歩いている。たいがいは,立ち止まるのも嫌なくらい寒い日に。でもそういうのがちょっと好きで。
桜が綺麗だ。疑いもしなかった。
だけれど,今年はなんか違った。
それは誰かの一言からだ。花見花見と言ってもどこへ行ってもソメイヨシノ。ソメイヨシノなんてクローン。どこで見ても同じだよ。
そう言われてみると,枝ぶりは違うけれど,なんだかに多様な花の房がボンボンみたいについているだけで,たいしたことないように見えてきた。
ソメイヨシノに隠れて,ほんのすこし違う色だったり,違う咲き方をしている桜があると,なんだかそいつらの方が全然いいように見えてくる。
ポツンといるんだけれど。
並木もいい。だけど,一本,華々しく咲き誇っているのもいい。
どこだったろう,写真で見たような気がする。広い丘のてっぺんで,年老いた枝垂れ桜が一本,よっこらせと言わんばかりに花を咲かせている。そんなのが見たいんだよなと,急に思うようになった。
それをみるためだけに,人の少ない田舎道をずっと登って,桜の木の下でひと休みして帰るみたいな。そんな贅沢がしてみたい。
もちろん,晴れている日に。
2010/04/09
星の数を数えるのと同じくらい
君は自分の人生について,又は夢についてどれくらい真剣に考えたことがあるんだい,と誰かに聞かれているような気がする。
僕は,そうですね,空にある星の数を数えるのと同じくらいでしょうか,と答えようとする。
目が良くても悪くても,空が綺麗でも汚くても,たぶん,数えきる前に飽きてしまうほどの星の数があるし,どこから数え始めていいのかも分からない。なんとなく明るい星を幾つか見つけて,そして,オリオン座みたいな知っている星座の形を再確認して,おしまいだ。いつもは。
それなのに,なぜだろう。急に空をみあげてしまったりすると,いつまでも何時までも空を見つめて,同じ星を何度数えているのかわからない位混乱しているのに,必死に星を探してしまったりする。
小学生の時には,星の色なんて習ったけれど,もうみんな白くしか見えない。なぜだろう。そんなことが頭をよぎった途端,星に色が生まれる。
黒い布に穴が開いているだけなのではなくて,闇の中で小さな星の一つ一つが自分の色に輝いている。そういえば,小学校で習ったのだった。空は写真のような一枚の板ではなくて,どこまでも永遠に続く空間。そんな当たり前のことが,とてつもなく恐ろしい発想に思えてくる。だって,今見上げたその空の先には,宇宙の果てまで遮るものが何もない。宇宙の中の太陽系の中の地球の中の日本の中のどこか小さな土地の上で空をみあげている優曇華の花みたいなちっぽけな僕が宇宙の果てを見つめているなんて,とんでもなくとんでもない。
僕は,そうですね,空にある星の数を数えるのと同じくらいでしょうか,と答えようとする。
目が良くても悪くても,空が綺麗でも汚くても,たぶん,数えきる前に飽きてしまうほどの星の数があるし,どこから数え始めていいのかも分からない。なんとなく明るい星を幾つか見つけて,そして,オリオン座みたいな知っている星座の形を再確認して,おしまいだ。いつもは。
それなのに,なぜだろう。急に空をみあげてしまったりすると,いつまでも何時までも空を見つめて,同じ星を何度数えているのかわからない位混乱しているのに,必死に星を探してしまったりする。
小学生の時には,星の色なんて習ったけれど,もうみんな白くしか見えない。なぜだろう。そんなことが頭をよぎった途端,星に色が生まれる。
黒い布に穴が開いているだけなのではなくて,闇の中で小さな星の一つ一つが自分の色に輝いている。そういえば,小学校で習ったのだった。空は写真のような一枚の板ではなくて,どこまでも永遠に続く空間。そんな当たり前のことが,とてつもなく恐ろしい発想に思えてくる。だって,今見上げたその空の先には,宇宙の果てまで遮るものが何もない。宇宙の中の太陽系の中の地球の中の日本の中のどこか小さな土地の上で空をみあげている優曇華の花みたいなちっぽけな僕が宇宙の果てを見つめているなんて,とんでもなくとんでもない。
2010/04/08
stomachache
何で最近タイトルが英語かって聞かれても,私は知らない。
たぶん,最初直接入力になっているからなんとなくタイトルくらいは英語にしてみようかと思ったのか,いや,始まりはクラスター。クラスターの記事を書こうと思ったときに,以前書いたことを思い出して検索してみた。そしたら英語で書いてあった。だから,英語と日本語と両方書いてあったほうが検索しやすいだろうと急に思ったのだろう,とかっこつけていってみるわけだが,結局のところ,だんごどっこいしょの落語みたいに,最初やると何とはなしにそのまま続けてしまうということはよくあるわけだ。
だんごどっこいしょっていってみたけれど,本当は何なのだろう。
だんごだんごといいながら,家を出たのに,水たまりを飛び越えるときに,どっこいしょといって,それからどっこいしょどっこいしょと唱えて,というふうにいろいろ言うことが変わるが,最後に,団子頂戴といって終わる話なのだが。
さて,本題。
腹が痛い。
ただそれだけのことだ。
だが,数日にわたっておなかを壊すというのは,思い出す限り小学校以来であって,一大事なのである。どうしていいのかわからない。原因には,思い当たることが多すぎて困ってしまう。
安くなっていたバナナか。おいしかったのだが。
食べたものが全て出ているのではないかと思うのだが,全然腹が減らないというのはどういうことなのだ。それに,1,2キロしか体重が減らない。人間てすごい。太っててよかったとも思ったのだが。やはり普段から多少の余裕は必要だ。
だがなんだか,これだけでたのだからたくさん食べても大丈夫だろうと思ってしまうのだ。それに,なんだかおなか壊しそうなものばかりおいしそうに見えてくる。ヨーグルト,牛乳,オレンジジュース,納豆,蜂蜜,アイス,刺身,肉,レーズン,アイスコーヒー。
大丈夫,おなか痛くなるだけだから。
飽きたらおかゆ食べればいいんだよ。
たぶん,最初直接入力になっているからなんとなくタイトルくらいは英語にしてみようかと思ったのか,いや,始まりはクラスター。クラスターの記事を書こうと思ったときに,以前書いたことを思い出して検索してみた。そしたら英語で書いてあった。だから,英語と日本語と両方書いてあったほうが検索しやすいだろうと急に思ったのだろう,とかっこつけていってみるわけだが,結局のところ,だんごどっこいしょの落語みたいに,最初やると何とはなしにそのまま続けてしまうということはよくあるわけだ。
だんごどっこいしょっていってみたけれど,本当は何なのだろう。
だんごだんごといいながら,家を出たのに,水たまりを飛び越えるときに,どっこいしょといって,それからどっこいしょどっこいしょと唱えて,というふうにいろいろ言うことが変わるが,最後に,団子頂戴といって終わる話なのだが。
さて,本題。
腹が痛い。
ただそれだけのことだ。
だが,数日にわたっておなかを壊すというのは,思い出す限り小学校以来であって,一大事なのである。どうしていいのかわからない。原因には,思い当たることが多すぎて困ってしまう。
安くなっていたバナナか。おいしかったのだが。
食べたものが全て出ているのではないかと思うのだが,全然腹が減らないというのはどういうことなのだ。それに,1,2キロしか体重が減らない。人間てすごい。太っててよかったとも思ったのだが。やはり普段から多少の余裕は必要だ。
だがなんだか,これだけでたのだからたくさん食べても大丈夫だろうと思ってしまうのだ。それに,なんだかおなか壊しそうなものばかりおいしそうに見えてくる。ヨーグルト,牛乳,オレンジジュース,納豆,蜂蜜,アイス,刺身,肉,レーズン,アイスコーヒー。
大丈夫,おなか痛くなるだけだから。
飽きたらおかゆ食べればいいんだよ。
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