2010/02/25

IMO

IMOといえば,(1)国際海事機関,(2)国際数学オリンピック,(3)国際流星機構,と出てくる。
Wikipediaによれば,そのうしろにIMO(清涼飲料水)とあるのだが,こんな名前のジュースがあったなんて知らない。


ところで,芋のウマさに感動しているのである。サツマイモ,うまいじゃないか。伊達に黄色くないな。


さて,どうやって芋を食べたかというと,鍋に入れたのである。どうってことはない。しかし私はここで哲学した。サツマイモを鍋に入れる。さて,これはかつて見たことがあったのだろうか。


正直言えば,若干の不安があり,ネットでやっている人がいないか調べてしまった。どうも大丈夫だったようなのでやった。それは,鍋の中に食材をすべて入れるのに,サツマイモが溶け出してパンプキンスープみたいになってしまったら夕飯にありつけなくなってしまうわけだし,不安に思ったのは許してもらいたい。
とはいえ,こういう時はだいたい,不安視していな部分にトラブルがあったりする。ほうれん草をしっかり洗わなかったため,毛の生えた黒い粒,すなわちアブラムシで出汁を取ってしまった。だが少量だったこともあり見なかったことにしても大丈夫だった。


そもそも,虫。これは,我々が将来食糧難になったら確実に食べなければならなくなるであろうタンパク源であるのだし,太古より我々哺乳類と地球の覇者を奪い合っているのであるから,この程度のことで物怖じしてはならないのだ。


と,哲学から離れてしまったのだが,このように調子よくなってしまっているのは芋がうまかったからである。ただ鍋に入れただけなのに甘くなるというのは何事だ。一生懸命砂糖を溶かし込んでいるケーキが聞いたらショックのあまりメレンゲになってしまうだろう。


それはさておき,我々がする初体験というのは,いくつかの類型があるのだと考えたのだ。
本物を実際に知っていて,それを創りだすために真似てみるもの。
本物は知らないが,あるということを知っていて,それを作ってみるもの。
全く知らずにやってみるもの。


たぶん,一番楽しいのは二つ目だろう。少なくとも私にとってはそうだ。まあ,よくよく考えると,本物を実際に知っているが,よく見ていないからあることを知っている程度のものだが,なんとなくしらないというのも悔しいので徒手空拳でやってみる,というのが多いのですべてが融合されているのかもしれない。


ここにたぶん問題があるわけだ。


この三つは目的意識から分類した方がわかりやすいかもしれない。
一つ目は,特定のものを同じ作り方でつくるという目的。
二つ目は,特定のものを作るという目的。
三つ目は,ものを作るという目的。


どうでもいい分類だ。




ともかく,今回は,芋を食うにあたって,自分にとって予想外なおいしさを求めてしまったのだ。そこで,見たこともないものを作ろうと思った。そこで芋鍋というアイデアが浮かんだ。だが,鍋に沈んだ芋を口に入れて,どこかで食べたことがあるような気がしてきた。


僕はまだ記憶という袋の中から飛び出せていないのだろうか。



2 件のコメント:

Unknown さんのコメント...

 サツマイモは少し高いケド,お鍋で煮るだけでも食べられるから,いいですよね!
 初めは,リンゴとの重ね煮を作っていたんですが(美味しいデスヨ!),面倒になってサツマイモだけを煮るようになりましたが,シンプルなのに旨い!
 ただ,硬くて包丁が折れそうでいつも怖いです.

ikkei.kojima@gmail.com さんのコメント...

固いんだよネ~!
りんごとの重ね煮,これは見たことない!やってみるよ。